高松商同窓会紫雲会巨頭が逝く

本18日は、昭和26年卒(私は27年生)で、平成12年から10年間紫雲会の会長をされた齋藤和良紫雲会元会長の葬儀・告別式が県下一の収容人数を誇る高松市勅使町のベルモニー会館勅使で行われました。式は『高松青果(株)』と齋藤家の合同葬で、喪主の齋藤良紀社長によれば先々代の時にも社葬をして、50年ぶり2度目の社葬ですという挨拶にも驚きました。50年目の社葬と言うことは、さすが高松市民の胃袋を満たしてきた高松青果は、高松青果市場の主役として戦後すぐからその責任を果たしてきた証です。

私は高松青果市場の主役としての顔は、世間一般の評判しか存じ上げませんが、高松商への貢献は、先の紫雲会会長10年のほかに野球後援会会長23年と公益財団法人紫雲奨学会の会長も長く務めて、3つの会長を兼務したのは齋藤和良紫雲会元会長だけであります。式場入口には、当時の梶正司校長から23年表彰の賞状が、褒賞の横に飾られていました。

また今月9月15日には、長らく紫雲会の副会長を務められた中惠治郎(昭和31年卒)さんも、鬼籍に入りました。住職は「生まれたら必ず死に期す」と通夜式で法話をしますが、分かっているモノのやはり寂しいモノです。私が会長に就任してからでも、大阪の北村光雄名誉支部長(昭和22年)、カワイの河合政弘(昭和39年卒)ら、紫雲会を支えてこられた主役がお亡くなりになっています。

中惠治郎さんは家族葬でしたから私一人が参列し、一方齋藤和良紫雲会元会長は社葬でしたから、高商関係者も多く参列されていました。昨晩は思いつきませんでしたが今日になり、『紫雲会タイムス』の創刊号と2号を持参しました。発行担当副会長は、ご子息の齋藤良紀さんです。棺に入れて頂きましたので、改めてゆっくりお読み頂けたら幸甚であります。

齋藤和良紫雲会元会長の大好きな高商ですが、創刊号は高校野球、2号はサッカーの特集です。齋藤さん好みの派手な色使いで目立ちますから、万一あちらの世界で評判になれば、どうぞ遠慮なく自慢してください。息子さんをはじめ、高商も紫雲会も元気ですから、作り続けますよ。


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